「女人焚死」(佐藤春夫)

名探偵・佐藤春夫

「女人焚死」(佐藤春夫)
(「夢を築く人々」)ちくま文庫

老農夫と幼子が
裏山にわらび取りに出かけて
異様なものを見つける。
山の妖怪の退治られているようにも
見えたそれは、
若い女の黒焦げ屍体だった。
女は両足を木に縛られ、
薪の上に仰向けにされ、
生きたまま焚死させられていた…。

一読すると猟奇的殺人事件、
これは名探偵登場か?
という感じなのですが、
単純なミステリーとは違います。
捜査はこれが
「他殺」か「自殺」かで
紛糾していくのです。

えっ、自分の足を縛って薪の上に寝て、
自分で火をつけて死ぬ?
いくらなんでもそんな…、
と思いきや、発見される事実は、
他殺を裏付けるものに乏しく、
自殺の線が濃厚になっていくのです。

で、土壇場で名探偵登場、
真犯人を暴き出す…、
という展開にはなりません。
いや、それどころかある意味、
本作品における名探偵は
作者自身なのです。

そもそも本作品は、
作者佐藤春夫が信州の疎開先で
見聞した事実をもとに
小説化したものなのです。
作品中で述べられているように、
「事実には似ていても
 事実の記録ではない。
 事実の示唆で出来た小説である。
 嘘の事を本当のように書くのが
 普通の小説なら、
 これは本当の事を
 小説のように書いてみた
 創作なのである。
 前者を嘘から出たまこととすれば、
 これは事実から出た嘘」
なのです。

さらに佐藤は、
「自分はもう
 事実は一切取り合わないで、
 創作家の意識と意欲とを以て
 空想の翼を傍若無人で
 羽ばたかせる」
と開き直ります。

捜査で浮かび上がった
事実はそのままに、
女はなぜ死んだのか、
どんな境遇だったのか、
どのように自らの身を焼いたのか、
その心境はどうだったのか、
思い切り空想を巡らせ、
一つの物語を完成させています。
さすがは空想小説家、
いや、名探偵・佐藤春夫。

終末には捜査当局の警部との対談が。
「大たいとして
 あなたのカンに近いものでした」

とのこと。
う~ん、さすが名探偵・佐藤春夫。

純文学、そして詩人として有名な
佐藤春夫なのですが、
本作品のように、
その著作には数多くの
探偵小説・推理小説が含まれています。
それらはみな空想から生まれながらも
緻密な構成を持つ、
一級のミステリーに
仕上がっているのです。
ぜひご一読を、と言いたいところですが、
本書はやはり絶版です。

※他殺のように見えて実は自殺だった、
 という展開は、
 横溝正史の名作「本陣殺人事件」
 彷彿とさせます。

(2019.4.13)

cocoparisienneによるPixabayからの画像

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